【創作読み物】『二つのりんご』

りんご

 

ある日、二つのりんごが空から降ってきた。りんごは城の庭の生垣に落ちた。

城の者が駆け寄り、りんごを手に取った。そのとたん、空が暗くなり、地割れするような声が轟いた。

「これより28日後の朝、二つのりんごのうち一つ、正しいほうを天に返せ。正しいほうが天に戻らねば、この国に災いが起こり、この国は滅びる」――天からの声は余韻を残してやんだ。

空が再び明るくなった。

城の者たちは互いに顔を見合わせた。

「正しいりんごを返せって?」
「ああ。奇妙な声は確かにそう言った」
「正しいほうを天に返さねば、災いが起こるって?」
「ああ」
「国が滅ぶって?」
「ああ! 確かに天はそう言った!」
「何をもって正しいりんごだって言うんだ?」

二つのりんごは、どう見てもただのりんご。その上、色も形もそっくりで、わずかに軸の傾き方が違うのを認めるくらいである。答えや手掛かりになりそうな特別な何か、あるいは差異は、今のところ見出せない。

ざわざわと皆が取り乱す中、大臣が大声で言った。「呼び名を付けねばなるまい」

「まずはその必要がありましょう」周りの皆が同意した。

大臣はつづける。「名前でりんごの善し悪しの断を下してしまわぬよう、呼び名はごく無機的なものがよい。A、B、と呼ぶ」

どちらがAでBかは、運任せで決めた。二枚の紙を用意し、一方に「A」、もう一方に「B」と書き、その二枚の紙を空に向かって放り投げた。Aの紙が近くに落ちたほうを「A」、Bの紙が近くに落ちたほうを「B」と呼ぶことにした。

二つのりんご、AとBを抱えて、大臣ら城の者たちは王のもとへと急いだ。

 

りんごが王の前に差し出された。王はすでに事情を把握していた。先ほどの天の声は国全体に届いていたのだ。

王はこう言った。「期限の日までに必ずや正解を導き出せ」そして本件を大臣に一任した。

いきどおりと落胆とを覚えた大臣だったが、酒を仰いで気を取り直し、学者や官吏をはじめとする有識者を集め、議論を始めた。前代未聞の難事に話は進まない。三日三晩議論を重ねた。勝算はまったく見えない。疲れた一同は現実から逃避したくなった。願望の意味も込め、りんごが空から降ってきたことも、地割れのような声が響いたことも、すべて誰かの悪戯だったのだと茶化して笑った。

すると外が暗くなった。ズドンという音とともに雷が落ちた。落雷の被害に遭ったのは、笑った者らの家や馬小屋。

ゾッとする大臣。おののく官吏たち。りんごをよく観察してみた。空から落ちてきた日からまったく変色していなければ、多数の者が触れたのに傷一つついていない。「不気味なりんごに見えてきた」と誰かがつぶやいたことに一同同意した。さらに一同が同意したのは、誰かのこんな言葉だった。「天の為すことゆえ、我々の手には負えません」

大臣がうなずいた。「うむ。我々には、俗世から離れた知見が必要だ」ため息をつき、独り言のように大臣はつぶやいた。「この国は呪われている。近年は物騒な事件がつづいていたが、そこにこの難事。かつて隆盛を極めた国だというのに、何と嘆かわしい」

 

大臣と官吏らは城を出、神殿へと助けを求めた。普段はろくに信仰していないのを忘れて。

「答えはもう決まっている。ただ祈ればわかる」神殿の人間からそう教えを受け、半日祈った。が、祈って思い起こすのは、普段あくどい金儲けをおこなっている神殿に対する不信の念のみ。

気の逸る大臣が「どちらのりんごを天に返せばよいか、答えを知りたい」と請うが、「答えはもう決まっている。ただ祈ればわかる」と返ってくるのみ。

同じ問答を何十回も繰り返したのち、多額の謝礼金を払うから答えを教えよと申し出、すると神殿の人間が顔色を変えて受け取ろうとしたので見切りをつけた。

 

大臣らは城に帰った。王が待ち構えていた。この頼りない王は、本件を大臣に一任したにもかかわらず、不安のあまり何度も状況を尋ねては口を出すのであった。「高名な占い師を呼んだ」と王が言うので、占いをすることになった。

天に返すべきはAと出た。念のため別の占い師を呼ぶと、今度はBと出た。不安になってさらに占うと、AB入り乱れ、おまけに、どちらも天から降ってきたりんごだから両方返すべき/天は人間の慈愛を試しているのだから両方この国が引き取るべき、などと、すでに三日三晩の議論で出尽くした案が占い師からも出始め、ますます混沌とした。

城の者らをさらに追い詰めるのが民衆であった。城の庭にりんごが落ちて以来、ものの数日で世の中の雰囲気が変わった。荒んだのだ。国が滅ぶ可能性に悲観し、仕事を放棄したり自堕落な生活を送ったりする者が急増した。民衆のあいだではりんごをめぐって賭けが流行った。城に怒りをぶつけるのが民衆の娯楽にさえなりつつあった。このような国民に助けを求めるのは無理と考えた大臣らは、国民による多数決で採択する案を(元より乗り気ではなかったが)完全に捨てた。

 

残された期限が五日と迫った。城内は焦り一辺倒の様だった。

AにもBにもそれらしき理由をつけようと思えばつけられる。黄金の湯舟に浸けてみたときに片方のりんごが揺れたとか、祈りの最中に片方のりんごに陽光が差したとか、こじつけとなる些細な出来事は日ごとに増えるが、しかし国の命運を賭けるには弱く、決め手に欠けた。

葬式のような会議の最中、大臣が言った。「“へんくつ”を訪ねるか」

「へんくつ、ですか。……ええ。ええ。それがいいかもしれません」

僻地に一人で住んでいる、通称“へんくつ”。この者は王家の血筋が入っている。王家とは縁を切って久しい。頭は冴えるが口が悪く、情け容赦を知らない頑固者で、人と馴染まなかった。今や金も身分もなく、民からも落伍者扱いされている始末。

城の者たちからすればへんくつは嘲笑の対象であった。その不器用過ぎるほどの頑強な性質は愚かに思えた。しかし今はその性質にすがりたかった。彼らは断言できる者を求めていた。物事を解決してくれる英雄というよりは、すべての責任を負ってくれる救世主を求めていた。

大臣と複数の官吏は、半日かけてへんくつの住む場所まで馬を走らせた。

 

へんくつは、それぞれのりんごを一瞥しただけで言った。

「こんなこともわからないのか。こっちだ」Aを選んだ。

「おい、へんくつ。こっちのりんごが何なのだ。返すりんごか、我々の手元に残すりんごか」

「自分が何を質問したかも覚えていないのか」

大臣と官吏ら一行はぐっと喉を鳴らした。

「もちろん覚えている。どちらのりんごを天に返せばいいかと質問したのだ。では、おまえは、Aを天に返せと言うのだな。根拠は何だ」

「一目で見抜きもできぬ人間たちと誼(よしみ)を結んでいない自分の目に、確信があるだけだ」

変わらずのひねくりぶりに大臣らの顔は赤くなった。言い返したいのを我慢する。

「確認する。こっちのりんご、Aを、天に返す。おまえの主張はこうなのだな」

そうしてへんくつに三度確認し、大臣と官吏らは帰途についた。帰りの道中、一行はほとんど口を開かなかった。彼らはどう表現したらよいかわからなかった。人を小ばかにするへんくつの態度は腹立たしいが、少しもゆるがない物言いは魅力的でもあった。

この訪問の話はまたたく間に広がった。民衆はへんくつを支持した。あのへんくつ、血筋だけは良いのは認めるし、王家の血筋を捨てて孤独に暮らしている頑固者なんぞは、救世主の物語としてふさわしい、という具合に。民衆はしばらくへんくつの姿を目にしておらず、それがまた想像上のへんくつを大きくさせていた。

へんくつを信望するような発言をする者が続出した。城の者からもそういう声がぽつりぽつりと上がった。かつてないほどにへんくつの評価が高くなっていた。

 

そうして迎えた運命の日の朝。りんごが落ちてきたところと同じ場所、つまり城の庭で、それはおこなわれた。

日の出とともに、王が空に向かって一つのりんごを掲げた。Aのりんご。

近くに立つ大臣、そして官吏、城の者、遠くからは民衆が固唾をのんで見守る。

「天よ。正しきりんごはこちらだ。さあ、受け取りたまえ」

王が述べた直後、ぴかりと空が光った。

次の瞬間、人々は驚愕の光景を目にした。AとBのりんごが突然宙に舞った。そして、みるみるうちに巨大な獣に姿を変えたのだった。

二体の獣は城ほどの大きさになった。叫び声を上げる人間には目もくれずに駆け出す。あちこちに激しくぶつかりながら大地を揺らして移動する。二体は広大な森を抜け、崖を跳び、そして海に落ちた。激しい水しぶきが上がった。

二つの巨獣を呑み込んだ海はその反動で高波を生じた。もう自分でも制御できないといわんばかりの高波は、猛り狂ったように今度は人間たちの街を呑み込んでいく。城も神殿も家屋も、畑も森も山も川も、餌食となった。

 

波がおさまり、静けさが戻った。

地面にうずくまっていた人間たちはようやく起き上がった。状況を確認する。

辺り一面、海になっていた。何とか残った小さな陸の上に、ひしめき合っている国民。何と国民全員が生きていた。

建物と自然が破壊され、まるで孤島の荒野にいるような有り様になって、あんな大惨事が起こったというのに、皆、無傷である。王も、大臣も、城の者も、民衆も、皆、人間だけは無事でいることに、人知を超えたおそろしさを感じた。

「ああ……。Aではなかった。正しいほうはBだったのだ」

王は膝からくずおれ、ワアワアと嘆いた。民衆は「泣きたいのはこっちだ!」と、王や城の者たちを責める。大臣の指示によって城の兵士が民衆を押さえる。混沌と失意の渦の中から、どこだ、あいつを探せ、へんくつを探せ、という声が湧き起こった。

「へんくつ! どこに行った! 出てこい!」

海の遠くから一隻の船が通りかかった。へんくつが乗っていた。

「おい、へんくつ! こんなになっちまったぞ!」
「自分だけ船に乗りやがって! どういうつもりだ」
「まさか国が滅ぶように、わざと逆を言ったのではあるまいな」こう言ったのは大臣。

大臣や官吏ばかりでなく、昨日までへんくつを信望していた民衆までもが批判の声を投げつける。陸の上の人間たちは、へんくつの登場によって一つにまとまった。

へんくつは口を開いた。「いずれにしても災いだったのだ」

官吏の一人が言う。「どちらのりんごも不正解だったということか?」

へんくつは表情を変えずに言う。「この国は滅びる運命だった。この国のすべてが、運命を決めた」

大臣「運命という表現は無責任ではないか。おまえの自信過剰の出まかせが大きく影響を与えた事実を考えてもらわねばならぬ」

へんくつ「この個人がしたのは、おまえたちが望む“断言”をしたまでのこと」

へんくつの船が離れ始めた。陸の上でぎゅうぎゅうになっている人間たちは息をのむ。

「その船に乗せてくれ!」

誰かが叫んだとたん、陸の上の皆が乗船を求めた。お願いだ、子供だけでも、王だけでも、後生だから。哀願する声が飛ぶ。

へんくつ「おまえたちの望むものはこの船にはない。どの道を行くとも、その道なりの災いがあるのだ」

もっともらしい発言には聞こえたが、しかし今は広大な海の上で船に乗っている人間こそが正しいという気がしてならない、陸の上の者たち。

へんくつの船はどんどん離れていく。

大臣「待ってくれ! 助かるにはどうしたらいい?」

へんくつは答えない。

大臣「待て! 王と子供たちだけでも助けたいのだ! だから戻ってきてくれ!」

へんくつが人差し指を伸ばして言った。「後ろを見よ」

陸の上の全員が後ろを見た。何もなかった。また騙しやがったな! 皆が一斉に振り返って抗議しようとしたが、船はもう見えなくなり、両者は完全に離れた。

 

(終)

 

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