【短編小説】『アイム・ゴッド』(微SF)

『アイム・ゴッド』

 

この地球(ほし)は、すっかり変わっちまった。地球外生命体に乗っ取られちまった。俺たち人類はいま、殺し合いをさせられている。互いに命を奪おうとしている。

地球外生命体。奴らを説明するのは難しい。いまの科学では説明不可能。見た目らしき見た目はない。奴らの知能は、俺たちが想像できない領域において優れている。人類が奴らを打倒する方法は、いまのところないと、思ってもらいたい。

奴らの狙いは一つ。地球上の人間を滅ぼすこと。

奴らは人間を恐れている。いや、人間というよりは、人間の機能を持った生物を恐れている。ここでいう人間の機能とは、わかりやすくいえば、信仰心だ。

フラットな気持ちで聞いてくれ。先入観を持てばすべてが堕(だ)す。人間は、この地球(ほし)で唯一、宇宙を認識できる生物だ。神を認識できると言い換えてもいい。宇宙と神は同義だ。「神」は別に特定の人物を指すわけじゃない。大自然や祖先を神とする人々もいる。各々が畏怖を感じるものが、神だ。

人間は、そのような偉大なものを認識できる。そして、畏れ、尊く思うのだから、動物からすれば意味がわからない。あらゆる生物を俯瞰して考えてみれば、自らを犠牲にさえできる信仰心――それを愛とも呼ぶわけだが――愛とは自己犠牲のことだ――を、肉体ある生物が保有しているのは、奇跡だ。

奴ら地球外生命体からすれば、信仰のために自己を捨てられる存在は恐ろしい。自分以外の大きな何かのために、死さえ厭わずに行動できる人間という存在は、恐ろしくて仕方ない。だから、この地球から人間を消そうとしている。奴らが地球そのものを欲しているかは知らない。攻略だけして別の惑星に移るのかもしれない。ただ、人間を滅ぼしたいという意志は明確にある。テレパシーみたいなものだ。その意志は、俺たち人類にしっかりと伝わっている。

奴らは真正面からは人間を攻撃しない。信仰心を持った人間が一致団結するのを避けたいからだ。人間が地球外生命体を完全に「敵」に据えて、純粋なる正義に命を懸けて邁進してしまうことを、避けたいんだ。奴らは、人間自ら破滅するよう仕向けた。

奴らは全人類に銃を持たせた。弾が尽きることのない銃だ。通称、アイム・ゴッド。地球で作られる銃とは性能がまるで違うその銃、アイム・ゴッドを、世界中の人々に持たせ、用意スタートで殺し合いの火蓋を切った。その瞬間から、街ではアイム・ゴッドの発砲音がとどろき、混乱に次ぐ混乱。一度発砲すれば後は止まらない。あっという間に死体の山ができ、方々が血の海と化し、世界は殺伐とした時代に突入した。

俺は用意スタートの瞬間、自宅にいた。最初に……妻を撃った。すぐに別室にいた幼い娘と息子をも撃った。……愛する家族が地獄の中で苦しむのは、俺には耐えられなかったんだ。殺し合いの世界に家族を置いておくのは耐えられなかった。家族の命を他人に粗末に奪われるくらいなら、この手で天国に送りたかった。俺には、こうするしかなかった。あらかじめ家族で話し合っていたわけではなかったが、妻も子供も、こうなることを悟っていたようだった。……彼らは俺にアイム・ゴッドを向けることなく、俺のアイム・ゴッドの弾を真正面から受けて、静かに、穏やかに、永遠の眠りに就いた。

 

それからというもの、俺は一心不乱に戦ってきた。外を移動しながら、四方八方の人類を相手に戦う。撃つか撃たれるかの攻防戦だ。家の中に隠れたところで、家ごと破壊されてしまう。死にたくなければ動く必要がある。弾が尽きないものだから、むやみやたらに乱射する輩もいる。そういう輩はすぐにやられもするが。残っていくのは、腕が立つ者、考えることができる者、運に恵まれた者だ。俺は何度も怪我を負った。それでも、運よく生き残っている。

銃を扱う腕には覚えがあった。昔から銃が好きだった。休みの日には射撃場や狩りによく出かけていた。世界がこうなる前は、俺は警察官だった。警察官として、優秀だ、エリートだと、評価をもらうこともあった。いまでは、警察官だろうが囚人だろうが、エリートだろうが落ちこぼれだろうが、関係ない。世界のあらゆる機能が崩壊し、職業という概念はなくなり、人間は一個人として、ただ生き残るために戦う何者かになり変わった。

この殺し合いには不思議な性質がある。アイム・ゴッドの銃で人間を撃ち殺せば撃ち殺すほど、自身の体が透明化する。比喩ではなく、本当に全身が透けていく。視覚で捉えにくくなっていく。地球外生命体の力が影響しているといわざるを得ない。透明化は、戦いにおいては有利になる。人間を討ち取るほどに、さらに討ち取りすくなっていくってわけだ。この世界で勝ち残るためには、数をこなすしかない。

俺はもうずいぶんと高度に透明化した。人間からはまず気づかれなくなった。

いまでは俺にとって人間を討ち取るのは容易なことだ。音を立てなければ、相手の背後に楽に接近できてしまう。何せ、ほぼ百パーセント、人間にはこの姿は見えないのだからな。このまま地球最後の人間になるのではないかと思ったこともある。近頃では危機感さえ薄れていた始末だ。

世界の人口が極端に減り、世界はおそろしく広くなり、そして静かになった。無限のような夜空の下でふと思う。人間から気づかれない俺は、果たして人間といえるのだろうかと。

人間は宇宙や神を認識できる生物であることはさっきいった。ほとんどの者が宇宙や神を肉眼で見たことはないと思うが、それでも認識できる。なのに俺のことは、一人の人間として認識できなくなっている。認識されない俺は、さしずめ、神とは反対の、悪魔、といったところなのか。

しかし、俺は思う。悪魔ならまだいいだろうと。本当に悪魔になれるのであれば、まだ「奴ら」に一矢報いる可能性もある。悪魔ならば、何かを破壊する力はある。アイム・ゴッドなんて、破壊したいに決まっている。地球外生命体なんて、駆逐したいに決まっている。本当は殺し合いなんてせずに、この地球の人間を救いたいに決まっている。方法があればだがな。

悪魔と呼ぶには、俺はあまりに世の流れに流され過ぎた。聞き分けのいい「善人」であり過ぎた。悪魔にすらなれないのであれば、俺の存在とは何なのだ。独りの時間がたっぷりとあるもんだから、そんなことばかり考えるようになった。

もはや俺には心を通わす人間はいない。この先もできるかどうか。俺と互いに姿を認め合う者がいるとすれば、俺と同じ数ほど人間を殺してきた者になる。そのような者に心を開けるか。そのような者を、心から信用できるか。相手だって俺のことを警戒するだろう。

もう、俺の名前を呼ぶ人はいない。抱きしめてくれる人もいない。俺は自分が実際に存在しているのかわからない。もしかしたら、人間を殺すだけのウイルスにでもなっちまったのかもしれない。もしかしたら、俺がアイム・ゴッドの武器であって、アイム・ゴッドのほうがもはや主体なのかもしれない。

 

俺がいま自分というものを語ろうとすれば、避けることのできない話が一つある。このことを話すのは怖くもある。でも、俺の心の創成ともなる出来事を含んでいるから、やはり話さないうちは本質に行き着かない。だから話す。最近の出来事だ。

数週間前に俺は、しばらくのあいだ拠点にしていた場所でうっかり火事を起こしてしまい、新しい拠点を求めて移動を開始した。数日間、一人の人間も見かけなかった。険しい土地の奥深い場所に偶然にたどり着いたとき、俺は驚愕の光景を目にした。そこに五十人の老若男女がいたんだ。彼らは集団で生活をしていた。アイム・ゴッドを一か所に集め、いわば武器を封印し、殺し合いではなく、共生していた。誰一人として透明化しちゃいなかった。おそらく、アイム・ゴッドを撃ったことなど一度もない人々だ。

俺は音を立てぬよう注意しながら、「透明に汚されていない」その群れを観察した。彼らの生活は規律正しいものだった。朝と夕に祈りを捧げ、皆がそれぞれの仕事に精を出し、つつましく、秩序を守って生活していた。笑ったり、楽しそうに踊ったりもしていた。俺の頬を涙が伝った。俺には清らかなものに見えた。人類が失ったかつての暮らしが存在していた。この荒廃した世界で聖地を見つけたような心地だった。厳しい環境と秩序の中にこそ、幸福と自由があるのだと、俺は思い至った。

次の日も、また次の日も、俺は聖地を訪ねた。しかし三日目に事件が起こった。彼らの食事の様子を眺めている最中、突然俺の背後に、一人の人物が現れた。アイム・ゴッドを手にした、見るからに腕利きの男だった。俺以外の者にはそいつの姿は認められないくらい、高度に透明化していた長身の男だった。

俺と同じほどに透明化していたその男はおそらく、俺と同じようにさまよい歩く中で、この集団を見つけ、彼らに魅せられ、ひっそりと彼らを見守っていたんだろう。そんな気がする。俺のことを、聖地を荒らす殺人鬼と思ったようだった。長身の男は対話する素振り一つ示すことなく、アイム・ゴッドを俺に向けてきた。わかるだろ、戦いに発展したってな。

俺たちは互いを牽制しながら駆け出した。聖地から離れて戦うという暗黙の了解が瞬時に生まれていたんだ。聖地は複雑な地形だった。地形を十分に把握していなかった俺は、足場を見失い、あろうことか誤射してしまった。弾は聖地の子供に命中した。子供の命を奪ってしまった。聖地は阿鼻叫喚と化した。泣き叫ぶ女子供たち。動揺しながら武器を手に取る男たち。彼らには俺たち二人の姿が見えないのだから、その恐怖は俺が言い表せるものではないだろう。

俺は、全員をアイム・ゴッドで撃った。聖地にいた全員だ。

 

いくら言葉を並べたところで、尊い命を奪った事実は変わらないが、俺の想いを話しておけば、彼らを悲しみと恐怖から解放したかった。聖地で血を見た彼らは、もう元のように血を知らぬままではいられない。彼らはもう地獄から目を背けることはできない。俺は、自分の家族にしたことと同じことを、彼らにした。後々、彼らが夢や幻となって俺の前に現れては、俺は激しい苦しみに襲われると、承知の上で、俺はそっちを望んだんだ。彼らがこの地獄で嘆き苦しむのであれば、この「善人」たる「殺人鬼」が、地獄で嘆き苦しめばいいだけだ。

俺は、聖地の真ん中に五十人全員の墓を作った。長身の男も倒していたから、同じ聖地を見いだした同志として、あるいは戦友として、彼のことも聖地に埋葬した。

五十人の聖地の民は、本来の人間の姿を見せてくれた。あれは真の人間の姿でもあった。力強き者の圧力や大衆のはやりに抗い、我欲を捨て、武器を放棄して、祈りの下に愛と秩序を守り、つつましく暮らしていた。そんな生き方は、信仰あってこそできるものだ。己を律する厳しく偉大な存在がいなければ、必ず自分が可愛くなり、自分を守りたくなる。己以外の何者かのために己を捨てることができるのが、単なるヒトとの違いだ。地球外生命体が恐れるのは、ヒトではなく信仰することのできる人間だ。信仰心、またの名を愛、を、俺たちは以前は当然持っているものだと自負していた。こんなにも失われていたとはな。俺たちの傲慢さが、いまのこの世界に反映されている。

とにもかくにも、俺は真の人間を殺してしまった。そう気づいた俺は、聖地の真ん中に立ち、自分の頭にすっとアイム・ゴッドを向け、引き金を引いた。

しかし、俺は死ななかった。引き金を引いても、自分には発砲されなかった。地球外生命体が全人類に与えた銃アイム・ゴッドは、そういう性能だったんだ。長い年月を経て、初めて自分自身は撃てない性能であることを知った。恥ずかしいことだ。

恥ずかしいついでにいえば、高度に透明化した長身の男と聖地の五十人の民をアイム・ゴッドで亡き者にしたことにより、いよいよ俺は完全に透明化したような気がしている。

 

俺がこうやってあんたに語りかけていることから、わかるだろ。俺の肉体はまだ生きている。

奴ら地球外生命体の存在をまだ感じる。奴らがまだ地球に存在しているということは、目的を果たせていない可能性が高いと推測する。奴らの目的とは、地球から人間を滅ぼすことだった。奴らが滅ぼしたいのは、人間というよりは、人間の機能を持った生物だった。ということは、だ。まだ人間の機能を持った真の人間が地球上に存在しているということなのかもしれない。俺の推測であって、確信はないが。

俺は、かの聖地の墓場で一晩中祈った後に、決めた。まだどこかに残っているかもしれない真の人間を探し出そうと。そしてその人間の盾となり、力となり、この地球の人間を消滅させないために、この生命を燃やし尽くそうと。

真の人間を探そうと決意をした瞬間から、頭上に希望の光を見いだした。そう、人間は遠き灯を追い求めて邁進する存在だ。遠き灯には、宇宙があり、神がある。そう気づくのに俺は、これほどまでの時間と、己以外の犠牲を要してしまった。それが、いま、とてつもなく口惜しい。口惜しくて、たまらないんだ。

繰り返しになるが、真の人間が生き残っているかどうかは、俺にはわからない。しかし、それでも俺は真の人間を探さなければならない。成し遂げられるか否かは結果論でしかなく、俺はただ、遠き灯を求めて進むのみ。

多くの人々の命を奪った男が何をいまさら、と笑うかもしれない。何を偉そうに語っているのだと笑うのかもしれないな。恥を忍んでいえば、それでも俺は進むしかないと結ぶ。最後になる。人間は尊いものを目指す存在であって、人間が尊い存在ではないと伝える。人間は、神ではない。神を志向するだけの、生涯未完の生物だ。神を畏れる者は、自分が神ではないと知る者。人間はただ、真上を仰いで孤独の涙を流す、一つの悲哀に過ぎない。その覚悟を持てる者こそが、真の人間として生きようとした希望を後世に残す。では、俺は行く。

 

(終)

 

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Saeka Kadomatsu
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創作・読み物
この記事を書いた人
門松冴果

Saeka Kadomatsu
映画が好きな物書きです。小説を書いています。小説『アマタザキ』『霊峰記』等小説作品を、Amazonの電子書籍 キンドルで出版しました。

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