映画『ワンダー 君は太陽』の校長先生

『ワンダー 君は太陽』 映画(旧作レビュー)
スポンサーリンク

 

映画『ワンダー 君は太陽』(2017)を鑑賞。

 

少年オギーにまわりは惹きつけられたり構ったりしてしまうっていう、そういう隠しきれないかわいさがある少年でしたね、オギーは。宇宙服着てスキップしてたシーンとか、あのちんまり具合は愛らしい。声とか体型とか、天性のかわいさがある子です。

あと父親(オーウェン・ウィルソン)が、いい意味で重くならない存在なのがよかった。母親(ジュリア・ロバーツ)に重さがあったからあの家庭はあれでバランスが取れてるのだろう。息子と息子の友達と並んで真剣にゲームやってる父親、という役がはまっていた。

 

全体的に割と「物分かりのよい人たち」が多く出てきた印象ですが、その中でも最も人間ができているというかもはや君子といえるくらいの域であったのが、オギーが通っていた学校の校長先生。トゥシュマン先生。

まず、初登場のシーンからしてこの先生はいい先生だというのが伝わってくる。

オギーと初めて会ったときのシーンですね。

校長先生といったらやっぱり「偉い人」であるし、それでなくとも立派なひげを生やした威厳ある顔立ちの大人の男性なので、対面したオギー少年は緊張気味。そんなオギーに校長は声をかける。

私はトゥシュマン。おかしな名前だろ。トゥシュの意味は“お尻”。
呼び名は“おケツ男”“おケツ顔”。
“おケツ校長”だ。

これにはオギー少年も笑ってしまっていた。
オギーを見て校長も自分で「うっふっふっふ」と笑う。

こんな自己紹介をダンディに愉快にかましてくる校長先生がいたら、そりゃ面白いし心がほぐれる。

こういうユーモアあるネタが一つあるのはいいなあ、と思ったり。

ちなみにネットで調べてみたら、Tushmanという名字は実在してますね。
tushには、「牙」や「犬歯」のような意味もあるとのこと。

 

 

映画内で校長先生の君子っぷりが散見されます。

オギーの友達のジャック・ウィル(なぜかフルネームで呼ばれる少年)が、いじめっ子ジュリアンを殴ったときのこと。

ジャック・ウィルが校長にあてた反省文の中で、なんで殴ったのかはいいたくないと書いた。
それを受けての校長の返信。

教職20年で学んだことだが
どんな話にも2面がある
ケンカのきっかけは察しがつく
人を殴るのはよくないが
親友は守るべきものだ
2日間の停学のあとも奨学金は待ってるよ

(ジャック・ウィルは奨学金をもらっている)

 

 

あと、こんな校長の言葉もあった。

いじめっ子ジュリアンと彼の両親を校長室に呼び、いじめについて問いただしているシーンにて。
ジュリアンの母親は、「オギーのような生徒がいるのは子供たちには荷が重過ぎる」と、「世界中の人に尽くせと(でも言うのですか)? それは間違った教育です」、と主張する。
それを受けての校長の言葉。

オギーは見た目を変えられません
我々の見る目を変えなくては

ただそう述べます。

 

校長を演じたのは、マンディ・パティンキンという名の俳優。

ときに苦悶する表情もまた様になっておられた。

トゥシュマン先生のようなよい師との出会いは、それはあるに越したことがない。

こういう教育者のもとで学びたい・あるいは子供に教育を受けさせたい……と望む人々は多かれど、どれだけがその望みが叶うものなのか?

 

タイトルとURLをコピーしました