『オペラ座の怪人25周年記念公演inロンドン』を観た感想と心が震えた理由

仮面 映画(旧作レビュー)
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先日、Amazonビデオで『オペラ座の怪人25周年記念公演inロンドン』の映像を観ました。

 

ロンドンの舞台公演の映像化作品です。

 

25周年記念の特別公演ということもあり、そのスケールたるや大きかったです。

 

とても豪華絢爛で圧巻の舞台でした。

 

 

ときに私は『オペラ座の怪人』を鑑賞したのは初めてでした。

 

内容をきちんと知っていたわけではありませんでした。

 

漫画『金田一少年の事件簿』でオペラ座の怪人殺人事件があり、そこからちらりと知識を得て、あとはジュニア向けの本で軽くストーリーを知っていた程度でした。

 

作品を実際に観てみたら、やはり広く名が知れ渡ってる作品、凄みがありました。

 

楽しませてもらいました。というより、感嘆いたしました。

 

『マディソン郡の橋』という映画がありまして、個人的に恋愛映画として三本の指に入ると思う名作なのですが、『マディソン郡の橋』は終盤20分ほどはずっと涙が止まりませんでした。

 

その映画と同じく『オペラ座の怪人25周年記念公演inロンドン』も、ラストのほうは心を揺さぶられっぱなしの涙が出っぱなしの状態でした。=私にとって名作となりました。

 

怒涛と悲哀のクライマックスからの、会心のフィニッシュを決められ。

 

生で観てたとしたらスタンディングオベーション不可避というくらいに心の琴線をかき鳴らされました。

 

ラストだけでなく、途中にも見入る場面がありました。

 

特に「The Phantom Of The Opera」(「ジャジャジャジャジャーン」と鳴り響く例の曲)が流れたときには、テンションが上がりました。

 

耳に残る曲です。

 

「The Phantom Of The Opera」のいわゆるAメロといわれてる部分は、じっくり聴いたのはたぶん初めてでした。

 

Aメロはなんとなく車のCMで使用されてそうな印象を持ちました。

 

走ってるという感じがあり、何かをたぎらせてる感。

 

そのたぎりが高じてか(?)、怪人とクリスティーヌが「The Phantom Of The Opera」を歌うシーン(「歌え!」があるシーン)は、情熱がはなはだしかった。←賛美

 

 

キャストの方々は当然ながら歌の才能がとてつもなかったです。

 

声の質など元々持っているものを除けば、いかに入り込んで歌うか、感情や心を放出するか、が観衆を魅了するカギになるかと思います。

 

インテル入ってる?並に、ゾーン入ってる?的なのが必要かなと。

 

ゾーンに入り、「リミットを外した熱量」が生じたときに、舞台を席巻する・観客を惹きつける、ようなことが起こるのかなと思います。

 

プロではない個人がプライベートの場で歌を披露するのであっても、ゾーンとまではいかずとも、ひとつ歌に集中して丁寧な姿勢で歌うのが大事かと思います。心で歌うというか。

 

「心で歌う」の反対は、私としては、小手先のものにとらわれたりすること。です。

 

音程などが気になったりして自分の声を聴きながら歌っていると、自分の周囲だけに歌がこもってしまいます。

 

声を出したらそのつど確認せずに、遠くへ声を届けるようただ放出する、という姿勢で歌うだけで、劇的に歌唱力が改善します。(ボイストレーニングの一日体験で実感しました)

 

根底にあるのが「届ける」ということなので、やはり心で歌うのが大事なことかなと、基本のきのようなことではありますがそこへ落ち着きました。

 

 

 

話は怪人に移ります。

 

怪人、一時は華麗に狂ってました。

 

怪人に対して抱く印象は、作中、何度か変化がありました。

 

魅力的に見えては、疎んじる瞬間もあって、同情を寄せては、最期は崇高さを覚えたり。

 

怪人四~五面相くらいはある多様性。(元ネタが二十面相だから少なく感じるけど)

 

観ている側は、徐々に怪人に心を寄せていくことでしょう。

 

怪人であるエリックの葛藤や心の傷が徐々に浮き彫りになっていきます。

 

終盤で、シンバルをたたくサルのぬいぐるみをエリックがちょっと真似するところは、「かわいい」と「かわいそう」の語源が一緒である説を納得させられるような情緒が漂っていました。

 

あのシーンは切なかった……。

 

一時は観客の母性をまごつかせた怪人ですが、ラストでは、大往生のような立派な最期をバシッと決めます。

 

本懐を遂げた武士みたいな、日本人が好みそうなたたずまいさえありました。

 

怪人に感情移入していた(であろう)観客も、思い残すことはないような満たされ感に包まれたように見えました。

 

 

怪人であるエリックは極端な優と劣を持っています。

 

圧倒的な歌の才能の持ち主であり、仮面で隠さなければならないほどコンプレックスとなっている面貌の持ち主。

 

人間は極端なものが好きなのか嫌いなのかは一概にはいえませんが、無視ができない対象ではあるかと思います。

 

人間、ちょっと環境や事情がちがっていれば、自分自身も極端な存在になっていたかもしれない、あるいはなるかもしれない可能性があります。

そのような可能性が影のように人間の潜在意識にまとわりついて、意識下ではなんとなく不安に思うものなのかもしれません。

極端なものが陽性の方向に振りきれると、観てる側の心の中の影的なのもカッと消滅する瞬間があって、それがカタルシスとして浄化されるのではないかなと。

救いや希望の光が差すのではないのかなと。

だから極端なものの本懐遂げを人々は好み、感動するのかなと思ったり。

 

だから怪人エリックに心を寄せて彼の終焉に胸を打たれた面もあるのではないでしょうか。

 

とか思いましたが、ちょっと何いってるかわかんないですと思ったら、そこはご愛嬌でよろしくお願いいたします。

 

 

ともかくも、『オペラ座の怪人25周年記念公演inロンドン』は素晴らしかったです。

 

圧巻の舞台を観て、その場にいた観客と感情を共有するばかりか、昔の人とも分かち合うような感覚がありました。

 

大昔から、こうやって才能ある人たちの歌や踊りを鑑賞しては心を震わせていたんだなと。そこは文明が発展しようが変わりはないと。

 

その共感する感覚をオンラインサービスであるAmazonビデオを通して得たので、やはり私は昔から変わらないものもどんどん変わりゆく文明もどちらも好きですけどね。

 

 

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