自己を変え得る強力な書物だと思える本に出会った

本・漫画

 

結論からいえば、執行草舟氏の本です。

 

そもそも私は本についてはレビューや所感を基本的にはブログに書きませんが。

なぜ今回執行氏の本について書くのかというと、なんだか書いておかなければならないものがあったからです。

硬派で逆説的な本ですし、ともすれば「自分たちだけの執行草舟」みたいになりそうかなとも思えるので、そうならないために、というのも一つあります。

 

そんな執行氏の著書を2019年の11月に初めて手に取ってから、次々と執行氏のほかの著書を購入、もはや読む手を止められないでいます。

ザクザクと、鍬(くわ)で精神を耕されるような心地です。

はっきりいって、執行氏の本を読む前と読んだ後とでは、かなりの差がある。

ものの見方を矯正させられる。

 

「不幸と不合理を心から愛す」――このご時世にこの思想を腹に落としていく執行氏である。

世界が”セカイ”になってる現代において、逆説的本質を貫ける、その崇高性と不良性たるやもう人並み外れている。

堅固な思想と憂国の想いを持ってはおられる著者ですが、とはいえ「日本人よ(現代人よ)、立ち上がれ!」なんて、民衆を扇動しようとは一切していない。

そんなことをしようとしてもそもそも無駄であり、人に道徳を説こうとするのは教条主義であり、周りなんてまったく関係なく、ただ自分が感化させられたならばただ独りでやるしかないということを著者はいっている。

 

独りで信念を貫いて独りで死ぬということである。
(独りでというのは、家族や友人を持つなとかそういうことではないと、一応付記しておきます。ただ、それらを「得よう」としたり、縋っていては、人生は立たぬと)

 

結果として協力者がいたとかいないとかは文字通り結果論であり、成功も失敗も結果論であり、結果どうなろうがまったく関係なく、ただ体当たりでやることでしか生命を燃焼できない。自己の生命を燃焼する。

 

と、こんな思想を著者は貫いている。

こんな思想を貫徹している人に対してならば、どんな宗教だろうが主義だろうが尊敬の念を持つという話だ。もちろんそこに職業も身分も関係ない。

それがカッコいい人生観だと思うのなら、自分もただ自分の運命に対峙して他人の評価や成功など気にせず体当たりして死ねということになる。

この硬派な思想よ。潔さよ。

どーんと深淵が立ちあらわれた心地です。

 

 

氏の根源は武士道にあります。

――“武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり”――

死生観つまりどう死ぬかが定まっていなければ、どう生きるかは絶対にわからなくなり、その生き方は自動的に欲望になるという。

 

生きることに執着し、幸福になりたい、おいしい物を食べたい、健康になりたい(行き過ぎた健康志向など)、長生きしたい、というようなことを考えるのは人間ではなく家畜であると著者はいう。

精神のために肉体をなげうたなければならないといっています。

 

とてつもなく厳しい道ですね、人間の生命を燃焼するというのは。特に現代では。

 

執行氏は、まるで家畜の檻の外にいたつもりがそこもまた大きな家畜の檻の中に過ぎなかったということを知らしめるかのような存在です。

 

まるで毒ですが、毒を食らうというのもまた氏のモットーであります。

 

 

とまあ書いてきましたが、ブログにはなんとでも書けるし口ではなんとでもいえるものであり、価値があるのは実践して「何をやったか」ということでありますれば。

自分は自分のところにあるものを一所懸命にやるしかないのであります。

 

個人のブログ記事といえど、執行氏の本について書くというのは相当なエネルギーがいりますね。

そしてあれこれ考え始めてしまうと結局公開なんてできなくなりそうですが、そこは「羯諦羯諦波羅羯諦」(ギャーテイギャーテイハーラーギャーテイ)=「突進せよ」で、書いてしまってアップするしかないのでありました。

 

あ、ちなみに、2019年12月の私のブログなどはモロに執行氏の本の影響を受けた文体になっています(笑)

 

執行氏の何かの本のアマゾンレビューで、レビューの文体が似たものばかりだから自演してるのでは……みたいな声もあったと思いましたが、これはね、ただ似るんですよ、みんな執行氏の本の影響を受けて(笑)。ザッツ、イット!

 

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Saeka Kadomatsu
映画が好きな物書きです。小説を書いています。小説『アマタザキ』『霊峰記』は、Amazonの電子書籍・キンドルで発売中。

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