映画『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』の「欲しい物」についての考察

「トラック」と「コンプレッサー」 映画(その他雑記)
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映画『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』(2013)で、老人ウディが当選金100万ドルで、新しいトラックコンプレッサーを買いたいと言っていた。

なぜこの二つが出てきたのか、作品内のセリフなどを基にして考えられることを書いていきます。

 

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トラック

ウディはすでにトラックを所持している。ただ、所持しているトラックは故障しているので、乗るなら修理する必要がある。が、そもそもウディはもう運転免許がないので運転できない。それでも新しいトラックが欲しいのか?

そもそもウディは物事に執着しない性格で、こと物欲に関してはほとんどないように見える。冒頭、次男がウディを家に連れ戻したとき、妻のケイトが呆れながら夫ウディにこう言っていた。百万長者になるのが夢とはね。今頃言っても手遅れだよと。このセリフから、ウディが今までお金が欲しいとか物欲に駆られたような言動をしたことはまったくなかったのがわかる。

長男のロス(キャスター。母寄りの息子)が言うには、父さんは酒を飲むのだけが生きがいだろ、と。父親ウディはたしかに誰もが認める大酒飲みのようだ。酒のほかに何か一つでも熱中しているものがあるのなら、長男にこんなセリフを陰で言われることはなかったろう。ウディは趣味らしきものがないのだろう。別に車の運転にもトラックにも夢中になっているわけじゃないのが窺える。

 

どうしても賞金にこだわる父親に、次男のデイビッドが問う。生活費に困ってないし運転免許はないし、なのになぜトラックが欲しいのかと。父親ウディは答える新しいトラックが欲しい。ただそれだけ。昔から新車が欲しかったんだと。

昔から新車が欲しかったのは、本当ではあるのかもしれない。ウディ含め親戚の男性たちは、集まったとしても黙ってテレビを見るか、車の話ばかり。そんな環境にいたら、いい車に乗ったりすることに価値が生み出されるのは自然な成り行きになりそうなもの。田舎ほど車が必要でもある。なので昔から新車が欲しかったのは嘘ではないかもしれない。だが、運転免許が失効した今になってまで、そこまでトラックを入手したいのか?と。

上記のセリフの後、つづけて次男デイビッドが「残りはどうする? (トラックに)100万ドルもかからない」と質問した。すると父親ウディはお前たちのためだ。何か残したかったと答えた。次男「僕なら大丈夫。必要ない」、父親何か残してやりたかったと掛け合いがあった。

これがまさに本音でしょう。ウディは父親として息子たちに何か残してやりたかった。当選金を息子たちに授けたかった。当選金を息子たちのためだけに使ってはダイレクト過ぎる。いかにも「お前たちのために」とアピールっぽくなってしまうことをウディは到底好まないだろう。だからトラックを買いたいと自分の願望らしきものも入れたのは、欲しいといえば欲しかった物ではあるだろうけど、それよりも、照れ隠しとか、息子たちに気を遣わせないためとか、あらゆる面での均衡を保つためというか、そういう慎ましやかなカモフラージュの部分が大きくあると思う。

 

コンプレッサー

40年前に、共同経営者だったエドにコンプレッサーを貸したウディ。いまだに返ってこない。エド当人は借りたことをすっかり忘れている。

ウディはあくまでコンプレッサーをエドに「貸した」だけだといい、返してもらうつもりはなく、当選金で新しいコンプレッサーを買うつもりでいる。ウディは、旧友エドに対して「返せ」と一言も言ってなければ、陰で「返してほしいなあ」みたいにぼやいたりもまったくしてない。返してほしいと思ってないのだろう。

返してほしいと言わないどころか、ウディは、エドの悪口すら一度も言ってなかった。映画の中では一言も言ってない。なんなら、妻がエドを例の毒舌で非難している横で「(あいつは)いい奴だ」と庇ってもいた。

エドがいい奴だと言われると観客は「ん?」となる。エドはろくでもない奴に映っている。本当かどうかわからないが昔のウディの失態話を持ち出して賞金で弁償してほしいだとか賞金を分けろだとか、さもなければ弁護士に相談するつもりだとか息子に脅しをかけていて見苦しかった。ウディ父子が飲んでる席に割り込んでは「ケイト(ウディの妻)はアバズレだ」と夫と息子の前で言っていた。また同じ席で、ウディの浮気をバラしたりもしていた。ウディは顔を上げられずにいた。最後には、ウディ宛の100万ドル当選のインチキ手紙を、バーで仲間に見せてウディを笑いものにしていた。

 

いったんウディの話になるが、この映画の中でウディが笑っている瞬間は皆無といっていいほどにない。本当に笑わない。しかしエドと久々に再会したときにはフフッと笑顔を見せているのだ。これは珍しい表情だった。次男のデイビッドは、そんな父親の表情を横で見てちょっと驚いた顔をしていた。(そこにたどり着くまでの移動の車中で彼は父親の顔をチラチラと見ていたけど、父親は笑っていなかった。ラシュモア山に寄り道しても父親はつまらなそうにケチをつけてはさっさと切り上げて、そんな様子に次男デイビッドは小さくため息をついていたほどである。)

ラシュモア山

ラシュモア山

 

ウディとエドの旧友コンビは全然性格がちがう。だからこそか、ウディは旧友のエドのことを単純に好きなんだと思う。これはウディの人を疑わない性格も関係しているだろう。ウディがケチをつける対象は、ラシュモア山などの「物」とか、「人」だったらせいぜい文句の対象は妻と次男ぐらいである。この作品での悪役ポジションのエドに対してだって、昔からの友人としての思いやりのある態度で接していた。

もしかしたら、当選金で新しいコンプレッサーを買おうとしたのは、エドのためというのがあるのかもしれない。妻や息子たちがエドのことを泥棒扱いしたり悪く言ったりするのをなくすよう、新しいコンプレッサーを買って終止符を打ちたい思いもあったのかもしれない、と思ったりした。あとは、トラックと同じように、照れ隠し要素として自分の欲しい物としてピックアップしたのも多少あるかもしれない。

ウディは、コンプレッサーそのもの自体を本気で欲しいと思っている感じはしなかった。新しいコンプレッサーを買ってどうするのか、誰かに問われたとき、ウディはそこまで具体的には使いみちを答えられていなかった。トラック同様、欲しいといえば欲しかった物ではあるんだろうけれども、物自体よりも心の奥底にある情に重きがあったんだろうと思う、ウディの性格からして。

 

以上です。

 

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