映画『風の谷のナウシカ』考 – ナウシカの人物像や火の七日間について

『風の谷のナウシカ』

 

はじめに:『風の谷のナウシカ』全体評

映画『風の谷のナウシカ』(1984)は何十年経っても色褪せない。何度観てもすごい。主人公・ナウシカの魂の純潔さたるや、心を浄化させられる。

「愛」と「勇気」を持った主人公というのは古今東西たくさん描かれてきたが、その中でもナウシカは、もはや神話クラスの、最高位レベルに愛と勇気のある人物だ。その身に老若男女の叡智とエネルギーとを一身に降り注いだような、人間が太古から求めてきたような姿がそこにある。

そして作品全体からは「畏怖」と「希望」がおごそかに感じられる

これだけ壮大で深い物語を、楽しませながら見せてくれるのだから、『風の谷のナウシカ』はとてつもない作品だ。

 

神話といえる『風の谷のナウシカ』の、主人公・ナウシカの人物像や、世界を破壊した火の七日間について、主に愛や信仰などの原始的ともいえるような観点から書いていく。

 

ナウシカ:愛も血気もある若者ゆえ、戦いが付き物な人物

ナウシカは見る者によっては危険人物である。大いなるもののために自己を犠牲にすることを厭わず真っ向から立ち向かっていく。自分の命が少しでも惜しければこんな行動はできない…という行動を、ナウシカは、しまくる。命がいくつあっても足りない。

ナウシカが愛と勇気を持った人物であることは前に述べました。またナウシカは女性で優しい声質ということもあり、慈愛という言葉もよく似合う

ただ、それでいてナウシカは雄々しさも感じさせる。強さ、統率力もあれば、敵に対して狂気にも似た怒りを顔に這わせ、荒ぶる自分自身に歯止めがきかなくなりそうなところをユパ様に制止されていたりもした。

何か強く守りたいものがあれば戦うことは避けられない。ナウシカの純潔な魂であれば、うつぼつとした闘志とともに怒りも荒びも湧き起こるのは当然だ。

さらにナウシカは若い。16歳とのこと。その若さゆえに血気に逸るのは無理からぬこと。年齢を考えれば、よく自制している部分もあるし大人顔負けの達観ぶりさえある。あの年齢でいっさい血気に逸らないようにするなら、無気力になるしかない。無気力ならば戦わずに済むかもしれない。

しかしナウシカはあの通り、飛び回っては行動しまくる気力たっぷりの性質。何をすべきか、何を守らなければならないか、はっきりしている。だから彼女には戦いが必然的についてくる。

 

若干16歳のナウシカがあそこまで自分の意志を持っているのは

なぜナウシカはあの若さで、はっきりと自分の意志を持てているのか。なぜあんなにも、何をすべきか、何を守らなければならないかが、わかっているのか。

その答えはひとえに「信仰」に尽きるのだが、この言葉は気をつけて説明しなければならない。今の日本では特に、信仰や宗教と聞いただけで「うさんくさい」と思ってしまう人が少なくない。とはいえ完全に拒否の対象になっているわけではないと見ている。

 

カルト・新興宗教・スピリチュアル系は帰ってもらうとして、そういう系ではなく、たとえば厳しく歴史ある原初的な宗教ならば、その崇高性を認める人は多いだろう。

そのような、金儲けやら・人気取りやら・ご利益のため(得するため)にやってる系やらの俗物とはまったく関係のない、真の信仰のことをいっている。

ナウシカや風の谷の民には真の信仰がある。信仰とは、大いなるものへの畏怖といえよう。畏怖を感じる存在があって人間は、己を律し、単なる動物では成し得ないレベルの秩序を保つ。自己を凌駕する存在があることで、自我に惑わされなくなり、摂理がよく見え、強き意志を持てる

この「信仰」が、次に書く「火の七日間」にも大きく関係している。

 

「火の七日間」が起こったのは…

信仰というのは不合理だ。逆に合理的なものの代表として科学が挙げられる。科学が発展するにつれ、ますます不合理な信仰というものが理解できなくなっていく。そのスパイラルによって、科学礼賛の一途をたどる。人間は自分たちが科学を発展させているという自負の下、成長や進化をしているのだという有能感を得、どの時代よりも・どの種族よりも、自分たちが優れていると信じて疑わなくなる。

文明が爛熟して人間が神になってしまったときに、「火の七日間」のようなことが起こる。「人工の何か」が世界を破壊するようなことが起こる。あの世界で火の七日間が起こってしまった理由は映画では描かれていないが、行き過ぎた科学文明ひいては行き過ぎたヒューマニズム(人間礼賛)によって、人間が神となってしまったからとしか考えられない。自然、先祖、神など、何者かへの畏怖があれば、巨神兵なんて作れないはずだ、本来は。

自然とうまく付き合うように科学ともうまく付き合う(科学を活用する)のが重要なわけだが、神となってしまった人間はそりゃ、うまく付き合っているという判断にしかならない。丸呑みされていたとしても、誰かの胃袋の中だったとしても、完璧な神にとっては、そこは完璧なのだ。

 

希望ある素晴らしい作品

火の七日間の戦争の後に拡がったといわれる腐海。人間にとっては毒であっても、大自然は長い時間をかけて、粛々と汚された地球を浄化している。その畏怖よ。

また、人類の暴走によって再び破滅に向かうが、ナウシカが愛と勇気をもって立ち向かい、崇高で純潔な魂を見せてくれる。そして一つの芽吹きを私たちは見る。

畏怖の中に希望がしっかりと描かれた作品であり、子供はもちろんのこと、大人の年齢になった人々にも純粋な感動を与えてくれるアニメーション映画だ。深く、興味を掻き立てて考えさせられる、異彩と豊かな滋味を持つ本当に素晴らしい作品である。

 

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Saeka Kadomatsu
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この記事を書いた人
門松冴果

Saeka Kadomatsu
映画が好きな物書きです。小説を書いています。小説『アマタザキ』『霊峰記』等小説作品を、Amazonの電子書籍 キンドルで出版しました。

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