『邪悪な天才:ピザ配達人爆死事件の真相』を観て思ったこと

netflix オリジナル

 

Netflixオリジナル作品『邪悪な天才:ピザ配達人爆死事件の真相』を鑑賞した。

実際にアメリカで起こった事件の真相を追う、ドキュメンタリー作品である。

 

内容について

2003年、時限爆弾装置を首に巻かれたピザ配達人が爆死する事件が起こった。(そのときの実際の映像がカメラにおさめられている)

配達人の自爆ではなく、背後で操る人物がいた。

死人に口なしの中、次第に目撃情報などが入り、事件の真相が見えていく。という内容。

 

ドキュメンタリー作品ではあるけれども、ミステリー物語のように伏線が張られている構成になっていた。

誰が本当のことを言っているのか。そもそも真実を語っている者はいるのか。第三者にはわからない中、一応のストーリーが完成形となる。

事実として見えている部分だけでも相当にひどいものだった。
たとえば首に爆弾を仕掛けるとか、殺害した遺体を冷凍庫に入れておくとか、保身のために死者へ暴言を吐いたり、まるきり異なる証言を平然と言えたり、など、人を人と思わないようなサイコパスの要素を感じた。

 

この作品を観て一番感じたのは、サイコパスの存在

この作品を観て一番感じたのは、「サイコパスの存在」。

日本でかつて起こった「一家監禁殺人事件」もそうだけれど、人を人とも思わないサイコパスが実社会に存在する。

首に本物の爆弾を仕掛けるなんて常軌を逸している。しかし、そんなむごたらしいことを、ゲームを楽しむように実行できる人間が実在する。

 

この事件の中で特にサイコパス的な要素を持っていた二人は、まわりからは魅力的に見られているところがあった。一方、嫌われもしていた。いずれにせよ強い存在感は放っていた

サイコパスを研究している学者によれば、サイコパスはある種のカリスマ性を持ってるという。

脅威の行動力、コミュニケーション能力、声の大きさ、頭の良さ、など、能力が高い(高く見える)ことが多いという。

カリスマ性のある強かな人物が、用意周到に、狂気の沙汰を仕向けてきたら、逃げるのは困難だろう。

 

サイコパスに近づかないようにするのが一番ではあるが、サイコパスは”外ヅラがいい”タイプも多いので、それと見破れない場合がある。

そして、勝手に標的を定めては首に爆弾をセットしていくサイコパス的人物もいるのだから、もはやこちら側が「近づきたくない」と思うだけで済む話でもないともいえる。

「サイコパスから狙われないようにする」のが、現状もっとも現実的な予防策かと思える。

 

サイコパスは標的を選ぶ

前述の一家監禁殺人事件でいえば、狙ったポイントは「世間体」だった。

名家の秘密や弱みを握り(特異なコミュニケーション能力によって相手から情報を引き出した)、それを武器に人々をコントロールしていった。

そしてこのドキュメンタリーの事件でいえば、ピザの配達人が標的にされたのは、「頼まれても断れないような、人のいい人物」として目をつけられたからだった。

そういった人物が被害に遭うのはどうにもやるせないけれど、現実にはそこを突く人間がいる。

 

サイコパスを遠ざけたいなら、サイコパスが苦手とするような人物になるのは一つの手かとは思う。

凛とした、毅然とした人物は、コントロールしたい側からすればやりにくそうではある。

相手に振り回されず、その場の雰囲気に流されず、相手にコントロールされずに、自分のことは自分でコントロールする、みたいな感じか。そんな人物に、無理をしてでもなっていかなければならない(そう振る舞わなければならない)場合というのはありそうだ。

 

サイコパスにつかまらないためにできることは?と、こういった作品を通して考えるのはいい機会かと思った。

『邪悪な天才:ピザ配達人爆死事件の真相』

 

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