映画『ドライビング Miss デイジー』で印象的だった言葉

映画(旧作レビュー)
※イメージ画像。Miss デイジーの車ではありません。
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映画『ドライビング Miss デイジー』を観ました。

1989年にアメリカで公開されたヒューマンドラマ映画です。

Miss デイジーとホークの老年期からの友情が、なんだかいいなあ。なんかとてもよいのです。

 

モーガン・フリーマン演じるベテラン黒人運転手・ホークが言っていた「何とかやっていくのが人生ですな」このセリフは集大成感がある。

この言葉が、『ドライビング Miss デイジー』の中で心に残った言葉の一つです。

 

もう一箇所、『ドライビング Miss デイジー』の中の「言葉」で心に残ったところがあります。

それは、Miss デイジーがキング牧師の説教が聞ける食事会に出席したときの、キング牧師の言葉です。

以下、作品内の字幕そのままです。

歴史に残る最大の悲劇は
悪しき人々の過激な言葉や暴力ではなく
善良な人々の沈黙と無関心な態度です

我々の世代が後世に恥ずべきは
“暗闇の子”の言動ではなく
“光の子”が抱く恐怖と無関心さなのです

 

この「無関心さへの警鐘」のような概念は、1960年代頃から言語化されていたのだなあ、と。

映画の中だけでなく、実際にキング牧師はこういった言及をされていたといいます。

歴史をひもといてみれば、もっともっと前から(それこそ古代とか)こういった概念や教えはあったのかもしれないですが。

それでも、個人的な印象に過ぎませんが、無関心さへの警鐘というのは比較的新しい概念なのかなと思ってました。

「愛の反対は憎しみではなく無関心」とマザー・テレサが言ったといいますが、しかし言っていない・ほかの人の言葉である、という説もあります。

現代の日本では、特に東日本大震災以降は、こういった「無関心への警鐘」の概念が少しずつ拡がってきてる、という印象はあります。あくまで個人の印象ですが。

 

映画『ドライビング Miss デイジー』では、クスッとさせられたり、心に残るような言葉があったり。決して派手な作品ではないけれども、数十年後にも何かのきっかけでふっと思い出しそうなそんな作品かもしれないなと思いました。

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