映画『ある少年の告白』のセリフと雑感

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映画『ある少年の告白』(2018)。

同性愛者の19歳の男性ジャレッドと、その両親(父親は牧師)とのすれ違いや葛藤や摩耗、そこからの脱却の一歩を描いたドラマ作品。また、同性愛者の矯正治療の実態に迫った作品でもあった。

「訴えたい気持ち」みたいなのが、ひしひしと伝わってくる作品だと感じた。
ともすればカットしたり婉曲に表現したりするようなところも、割ときっちり描かれていたと思う。それだけ本気で伝えたいものがあったと感じます。

 

特に伝えたかったであろう一つが、終盤で主人公のジャレッドの口から発せられたセリフ。終盤での、父と息子が向き合って初めてマトモに対話するシーンです。

父親が、同性愛についてはやはり理解が難しいと示したうえで、それでも息子に「お前を失いたくない」と伝えた。

息子のジャレッドは、次のように応えた。

 

僕はゲイで父さんの息子だ
それは永遠に変わらない
受け入れないならこれで終わりだ
それでもいいけど
残念すぎる
僕を変えることはできない
(略)
僕を失いたくないなら…
父さんが変わらなければ

↓英語でのセリフ

I’m gay, and I’m your son.
And neither of those things are going to change.
Okay, so let’s deal with that. Or let’s call it a day.
Both of us would be okay, but that would be a shame.
I’m not changing. There’s no changing me. God knows I tried.
So, if you mean it, if you really mean that, and you’re not ready to lose me, then I’m sorry, but you’re going to have to be the one to change.

主人公は涙をにじませながら静かに強い言葉を突きつけた。

この言葉の後、主人公は父親にクリスマスの招待をした。母さんを招待したから父さんにも来てほしい、と気持ちを伝えていた。そこに敵意や他意の類は感じられない。純粋な家族としての誘いであったのがうかがえたし、父親に対して家族としてやっていきたい根底の想いがうかがえる。

主人公が父親に対して愛情がなかったら、なんなら家族関係が破綻しても痛くも痒くもない程度の気構えだったのなら、上記のセリフは価値あるものとして生きなかった。父親への脅しにさえ聞こえてしまったかもしれない。

しかし主人公は父と家族としてやっていきたい想いが根底にあるのが伝わってきた。そんな中、父と決別するかもしれない覚悟で主人公は自分の思いをぶつけた。中途半端な優しさもおもねりも媚びもない厳しい言葉だった。苦しみが感じられた。だからこそ、その言葉は生きた。そして、息子の覚悟と意志は父親に伝わった――そんなふうに感じ取れる父親の表情で、そのシーンは終わった。

 

「覚悟」こそ、同性愛を矯正する側が言うような「男らしさ」に求められる一つの要素にもなろう。その覚悟を先に示したのは、息子のジャレッドからだった。

 

 

この映画『ある少年の告白』の中でも何度か出てきた、アメリカの言葉がある。

“Fake it till you make it.”

できるまでできるフリをしろ、とか、そうなるまで真似をしろ、という意味であり、日本語的な情緒で変換すれば、「虚勢を張る」というよりは「痩せ我慢」になるだろうか。

痩せ我慢をしてでも覚悟を決めて貫かなければならないことはある。――と、このような結びに落ち着きました今回です。

 

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