樹木希林さんを偲んで。映画『あん』を鑑賞。

どら焼き 映画(旧作レビュー)
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当記事は、以前自分が別サイトに書いた記事の移転になります。
別サイトでの公開日:2018/10/03

 

先月(※管理人注:執筆当時)亡くなった樹木希林さんを偲んで。
樹木希林さんの主演映画『あん』(2015)を鑑賞。
希林さんの孫である内田伽羅さんも重要な役で出演しているこの作品。

 

映画『あん』あらすじ
縁あってどら焼き屋「どら春」の雇われ店長として単調な日々をこなしていた千太郎(永瀬正敏)。そのお店の常連である中学生のワカナ(内田伽羅)。ある日、その店の求人募集の貼り紙をみて、そこで働くことを懇願する一人の老女、徳江(樹木希林)が現れ、どらやきの粒あん作りを任せることに。徳江の作った粒あんはあまりに美味しく、みるみるうちに店は繁盛。しかし心ない噂が、彼らの運命を大きく変えていく…
(引用元:映画『あん』オフィシャルサイト

 

穏やかで一見ほっこりした雰囲気ながらも、哀しい物語だった。

自由に生きたくても生きられない人たちのわびしさが漂っていた。砂のように無味乾燥な面としての「世間」も描かれていた。希林さん演じる徳江さんが、多くを悟った上での質朴で人のよい感じがなんともやるせなくて、後になって哀しくて物寂しくて涙がたくさんたくさん流れ出た。

鑑賞後も徳江さんを思い出しては何度も涙が出てくる。哀愁が漂い、とにかく哀しい。

徳江さんは樹木希林さんだからこそ真実味があった。徳江さんが「店長さん」に宛てた手紙は、希林さん自身の言葉といわれてもなんらおかしくないくらい。手紙の一節に「こちらに非はないつもりで生きていても、世間の無理解に押しつぶされてしまうことはあります」とあった。この一節に徳江さんの背負っている重みやどうしようもないものを感じた。

映画の途中で「徳江さん」のドキュメンタリーに見えた瞬間もあった。徳江さんという女性が実在してカメラの前で語ってるように感じた。

ここまでごく自然に役と一体となる希林さん。なんて素晴らしい役者さんなんだろうと改めて思わされた。

希林さん自身が病気をわずらって苦労をされていたから、希林さんの存在感や希林さんの言葉は余計深みが増す。

 

2015年8月に「登校拒否・不登校を考える全国合宿in山口」というイベントがあった。そのイベントに参加していた希林さんは、基調講演にて以下のように語っていた。

私が劇団に入ったのは18歳のとき。全然必要とされない役者だった。美人でもないし、配役だって「通行人A」とかそんなのばっかり。でも、その役者という仕事を50年以上、続けてこられたの。
だから、9月1日がイヤだなって思ったら、自殺するより、もうちょっとだけ待っていてほしいの。そして、世の中をこう、じっと見ててほしいのね。あなたを必要としてくれる人や物が見つかるから。だって、世の中に必要のない人間なんていないんだから。

私も全身にガンを患ったけれど、大丈夫。私みたいに歳をとれば、ガンとか脳卒中とか、死ぬ理由はいっぱいあるから。無理して、いま死ななくていいじゃない。 だからさ、それまでずっと居てよ、フラフラとさ。

(引用元:9月1日は子ども自殺最多 樹木希林からのメッセージ / 不登校新聞

希林さんだから伝わってくる言葉がある。

希林さんが亡くなられて、『あん』を観て、希林さんが演じていた徳江さんに希林さんご本人が重なって見える部分があった。徳江さんはフラフラッと街に出ては、得意な粒あん作りの腕を活かしてどら焼き屋の手伝いをしていた。希林さんが語っていたように、徳江さんはつらいことがあってもフラフラと「居て」は、自分を必要としてくれる場所・人に出会った。希林さんと徳江さん。やはり一体となっているような部分がある。

だから今は徳江さんの姿を見たり思い出したりすると、余計哀しく感じるのかもしれない。

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